こんにちは。デザイン部所属のデザイナー上野です。

前回は「イラストレーターの個展から考える表現・見せ方のヒント(絵画表現編)」と題して、個展で展示されていた絵画作品やイラスト表現から、表現や見せ方のヒントを見てきました。

今回ご紹介する2つは、作品はもちろんのこと、作家自身をどう見せるかという企画展示の観点から表現や見せ方のヒントを考えていきたいと思います。

CaptureD-C / チェリ子さん

https://captured-c.moryarti.design

完成品だけでは見えない思考の過程を含めて届ける空間

繊細なタッチと緻密な書き込みで、可憐な少女と彼女たちを取り巻く素敵な世界を描くのに長けたイラストレーター、チェリ子さん。チェリ子さんの活動や発信を追っている人からすると、その心ときめくイラストと同じくらい印象的なのは「ライブペイント」と「タイムラプス動画」で描き出される制作過程の発信。一枚のイラストが出来上がるまでにどのような思考を重ねて、どれだけ筆致を積み上げているのか、この展覧会からも覗き見ることができる工夫がなされていました。

タイムラプスをアナログとデジタル見せる

完成イラストができるまでの制作過程映像、いわゆるタイムラプス動画は、イラストレーターのSNSでも度々みられる機会が多く、一般的なものとなっています。こちらの展示ではそのタイムラプス映像をデジタルとアナログ両方の視点で楽しめるようなスペースが出現していました。イラストの制作過程の大まかな流れを、本人の思考の過程を記したメモとともに一冊のスケッチブックな本にまとめられています。そしてこの本を蓋のように持ち上げると、下の箱には実際のライブペイント動画のモニターが出現。アナログな本で制作過程の思考を拾い上げ、デジタルな動画で実際の筆のリズムを感じながらイラストが生まれる瞬間を見届けることが出来る二重構造となっています。この展示をみた後に額装された完成イラストをみると、またちょっと違った見え方ができるようになっています。

ライブペイントアトリエで作品の出来上がる過程を見守る

そしてもう一つのキーワードであるライブペイントを生で見届けることができる空間が展示スペースにも出現。この空間ではチェリ子さんが展示期間中日々描き進めていく姿を見届けられるだけでなく、色紙イラストや額装される前の試作プリントなどが展示されており、まるでチェリ子さんのアトリエに足を踏み入れたような感覚を覚えます。出しっぱなしの絵の具や作業デスクなども相まって、作品を作り出す場所の空気感を展示スペースに出現させる試みは、作家本人の唯一無二性を作品以外の側面から際立たせるのはもちろん、創作に関わる来訪者にとっては単純に絵を見る以上の刺激を与える効果があると感じました。

グラフィック要素の表現を細部にわたり展開

そして今回の展示名称「CaptureD-C」を象徴するこちらのキービジュアルグラフィックの要素をうまく展示空間に取り入れてるのも印象的でした。入り口のドアや展示の前書き / 作家紹介のエリアにもゴールドラインと赤い幾何学図形をあしらうことで、うまく入り口のアイキャッチとして機能しています。また、展示空間にもグラフィックに用いられているゴールドテープをうまく活用しています。個人的に、作者自ら手書きで作品名を書き込んでいるのが、作家本人のアトリエ感が出てささやかながらも情緒感を覚えました。

千客万雷 / LAMさん

https://lam-ex.com

これまでを惜しげもなくぶつける集大成空間

LAMさんはとにかく今まで手掛けているお仕事の種類やイラスト制作数が膨大です。数が膨大だと、個展という限られた空間の中で、これまでの自分のキャリアで手がけてきた作品をどのような形でどれだけの量を持っていくかは悩むところだと思います。しかしこの展示では、制作したものを出し惜しみすることもなくどんどん出していくスタイルなのが印象的でした。しかも今まで制作したものはもちろん、この個展のために作ったものもたくさんあり、限られた空間の中でその膨大な作品数を、来訪者にどう楽しませて見せるかの工夫が色々とされていたのが印象的でした。

毎週更新される今までの作品群

そして「膨大な数をどう見せるか」の一つの手段として、週ごとに展示作品が入れ替わるエリアを設けていました。この手法は単純に自身が保有する作品をたくさん見せれるのはもちろんのこと、「この週でなければ見れない作品がある」という希少性であったり「毎週何かしら変化が起こる」という再来訪機会の創出に繋げられます。毎週搬入の手間はかかりますが、その分「何度でも行きたくなる」という気持ちを想起させる、シンプルながらも効果的な作戦です。

ただしこの作戦は、もともとLAMさんが期間中毎週入れ替えが可能にできるほどの制作数があるからこそ取り得た手法ということも大きなポイントとなります。

関わったコンテンツ・IPに応じて切り替わる世界観

また、制作点数の多さだけでなく、様々なコンテンツやIPに幅広く関わってきたことを活かし、コンテンツカテゴリーごとにエリアのデザインや造作をガラッと変え、制作イラストと共にコンテンツごとの世界観を体感できるように設計されているのも個展の魅力の一つでした。設定資料はもちろん、キャラクターの立体フィギュアや再現衣装の展示など、それぞれのエリアで鑑賞できる・体験できることが異なるため、この個展空間が一つのテーマパークのような没入感を作り出していました。

イラストを軸に新たに展開していく表現の可能性

そもそも個展の役割の一つとして「自分自身ができることを作品を通して表明する」という側面があります。つまり未来の作品への可能性の提示なのです。個展の最後の空間では、そういった今後生まれる新しい作品の可能性の提示として、LAMさんのイラストを元にしたフィギュアや人形、屏風、掛け軸や特殊加工を施したイラストなど、様々な作品が展開されていました。(展示されているイラストの中には購入可能な作品もありました)今の印刷技術や特殊加工の技術をプリントディレクターの方々と協力しながら制作したであろう作品たちは、オンスクリーンで見るだけでは味わえない力強さと引力を感じさせてくれました。デジタルで作品を見る機会が多い現代だからこそ、質感や立体感のあるアナログ作品・印刷物などは、より一層人々を魅了するのではないでしょうか。

展示から見えてくる表現のポイント

ただ絵を展示するだけでは見えない「作家の姿」をどう見せるか

誰かの個展を行おうとした時、単純にイラストを展示するだけでも成立させようと思えばできるでしょう。しかし、個展はそもそも「作家の作品を見せる」以上に「作家の個性を見せる」「作家の作品で生み出せる世界観を示す」ことにもつながります。その観点を意識した企画・空間作りをすることで、他の作家との差別化になる上に、作家自身が今後挑戦したい仕事のきっかけを作る場所として活用することもできるのです。どういうテーマで / 達成したい目標があって、かつそのために作家の持つ個性をどう見せるか。そのベースを最初に定めた上で展示空間を作っていくと、ただイラストを展示する以外のアイディアや、流れの見せ方も発想しやすくなるでしょう。

「その場に行く価値がある展示」を作り出す

昨今はSNSが主流となっているため、ネットを開けば手軽にイラストが見れるのが当たり前の時代です。そんな時代の中で開催される個展は「わざわざ足を運んで見にくる価値のあるものをどのように作り出すか」をいずれも必ず何かしら考慮されているのを感じます(特に最近の気鋭のイラストレーターさんの展示では、その趣向を色々模索しているのを感じます)。

その場でみた時の感動をどう作り出すかは、どんな展示においてもますます勝負どころになってきています。そのため、どれだけの表現技法を知っているかということはもちろん、知ってる知識を掛け合わせて「こういう新しい表現ができないかな?」という探究心も大事になるのではないかと、どの展示を通しても再認識しました。


今回4つほど展示を紹介させていただきましたが、デジタルイラストをアナログの印刷手法とどう組み合わせて表現するかの試行錯誤が面白い展示にけっこう行き当たったと感じています。

個展はその作家を表すための一つの集大成。言ってみれば作家を表すための空間作りです。今後も様々な個展を通して作品はもちろん「集大成の作り方」を分析しつつ、私自身も新しい表現や見せ方を試行錯誤していきたいと思います。



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