エンジニアの中川です。
VR元年と言われた2016年からヘッドマウントディスプレイの普及に伴い、VRコンテンツの数は大きく増加している。とはいえVRは依然発展途上のメディアであり、その中でのインタラクションにおけるベストプラクティスはWebやスマホのそれと比べるとあまり確立されていない。そうした状況においてVR空間での”移動”をどう扱うかという問題は議論に上がることも多いのではないだろうか。弊社1→10もこれまで様々なVRコンテンツの開発を経験してきたが、その過程で様々な調査や技術的な検証を行ってきた。そこで今回は 1→10 がこれまで蓄積してきた知見を踏まえて、改めて今日のVRコンテンツで採用されている移動方法をいくつか取り上げメリット・デメリットを考えていきたい。
1.テレポート
最もポピュラーな移動方法の1つである。「VRChat」などの有名どころのコンテンツでもこの手法が採用されている。操作方法としてはコントローラーなどで移動したい地点を線で指し示し、そこに瞬間移動する。
メリット
まず操作方法の単純さが大きなメリットである。ユーザーは移動したい地点をコントローラーで指し示すだけでよく、実際に現実空間で歩いたり後ろを振り返ったりする必要はない。また入力装置としてはコントローラーが1つだけあればよいので、この手法を採用できるVR機器の幅も広い。ユーザーは現実空間で広いスペースを用意する必要がないのも、この移動手段がVRコンテンツの代表的な移動手段である理由の1つだろう。
デメリット
しかし、この手法には細かい移動がしずらいという短所がある。ユーザーは自身が指し示した場所に基本的に瞬間移動するが、この過程においてユーザーは途中で方向を変えたりすることはできない。前述した「VRChat」や「Waltz of the Wizard: Extended Edition」では、瞬間移動ではなく徐々に移動するような仕様にしていたり、最終的な移動地点までの経路を指定できたりと、ある程度この手法のデメリットが改善されているが、基本的に当初に指し示した目的地に移動する間のプレイヤーの自由は制限させる。よってユーザーはこの方法を用いてVR内で細かい移動を素早く行うことは難しく、そうしたアクションが求められるコンテンツには不向きである。
2.歩く・走る
文字通り実際に現実世界で歩いたり走ったりして移動し、その分だけVR内でも移動するというもの。OculusConnect5の会場で展示されていた「Dead and Buried」や、弊社も開発に携わった「ドラゴンクエストVR」などで、この方法が採用されている。
メリット
この手法のメリットはなんといっても直観的である。現実空間での移動とVR空間での移動が連動するため、ユーザーは移動のために特殊な操作方法を覚える必要はない。
デメリット
一方で、現実空間での制約がそのままVR空間での制約になってしまうというデメリットもある。VR内でどれだけ広大な世界を構築しようとも、ユーザーが小さな部屋でプレイしている場合移動できる範囲は限られてしまう。またヘッドマウントディスプレイで現実空間に対して目隠しされている状態のユーザーにとっては歩き回ったり、ましてや走ることへの心理的な障壁は決して低くないだろう。よってこの移動方法を採用できるのは、ユーザーのプレイ環境を広さや安全性といった面で可能な限りコントロールする必要があるためイベントや常設VR施設でのコンテンツに限定される。
3.乗り物
この手法はOculus Rift DK2時代のコンテンツから採用されている歴史のある移動方法である。初期VRの代表的なコンテンツともいえるジェットコースターの疑似体験は有名だろう。また弊社が株式会社RDS (以下「RDS」) 、千葉工大未来ロボット技術研究センター(以下「fuRo」)と共同で開発し販売を行っている「CYBER WHEEL X」ではVRの中で車椅子レース体験ができる。
メリット
まずこの移動方法のメリットを考えるためにVRの移動における最大の課題である”VR酔い”について触れなければならない。VR酔いというのは主にユーザーの身体感覚と視界の変化が大きく異なる際に発生し、ユーザーに吐き気などの不快感を与える。例えばあなたがVRの中で自分の意思に関係なく上下左右に移動させられ視界が目まぐるしく移り変われば、おそらくあなたはVR酔いになるだろう。このVR酔いへの対応策として、ユーザーを乗り物に乗せて移動させることにはメリットがある。なぜなら、例えユーザーが自分の意志に関係なくに移動させられたとしても、乗り物自体が視点の拠り所となり、視界の変化を多少なりとも抑えてくれるからである。
デメリット
上記のように乗り物移動でのメリットを挙げたが、この方法はあまり推奨できない。なぜならそもそも乗り物という移動手段自体が人間の身体感覚と視界の変化のズレを生み出すため、自然とVR酔いを生み出しやすい状況を作りだしてしまうからだ。
それでもVRコンテンツ内でユーザーを乗り物に乗せて移動させたい場合は、なるべく身体感覚と移動を連動させるべきである。弊社が前述の「CYBER WHEEL X」を開発した際には、競技用車椅子の開発実績があるRDS、ロボットの研究開発を行うfuRoと共同し、現実空間で実際にユーザーが座る車椅子や、VR空間の上り坂では車輪が重くなり、下り坂では車輪が軽くなるなどのフィードバック機構を開発し、身体の動きとVR内での移動を可能な限り連動させることでVR酔いの問題に対処した。
4.無重力
2017年にリリースされた「Echo VR」では、まるで宇宙ステーションの中を宇宙飛行士として移動しているような興味深い体験ができる。ユーザーは無重力空間において手で柱や壁を掴んだり押したりしながら空間を泳ぐように移動することができる。
メリット
この方法を用いれば現実空間の物理法則に影響されないVRの魅力を十分に活かすことができるだろう。ユーザーは両手のコントローラーのみで上下前後左右すべての方向に移動することができる。また現実空間で実際に移動する訳ではないので広いスペースを必要とせず、幅広いプレイ環境に対応できるだろう。
デメリット
VR酔いが発生しやすい。壁や柱を掴んで一定の場所に留まっている際は問題ないが、そこからふわふわと空間に漂うと人によっては一瞬で気持ち悪くなってしまうのではないだろうか。また細かい移動にも適していない。「Echo VR」では移動のむずかしさが一種のゲーム性に繋がっている側面もあるので一概にデメリットとは言い切れないが、空間に漂っている間は基本的に細かい移動はできない。この方法は物理法則から解放されたVR空間の自由さを活かしたものではあるが、すべてのコンテンツに採用できるほどの汎用性はない。
5.空間を動かす
2016年にGoogleからリリースされ現在ではオープンソースとなった「Tilt Brush」では、ユーザーが動かずとも空間自体を動かすことで、相対的にある移動を行える。操作は両手のコントローラーで行い、空間を掴んで動かすような感覚のインタラクションを実現している。
メリット
前述した無重力での移動と同様に、現実空間の制約を受けずに上下前後左右の移動を実現できる。また、空間を掴んで動かすという単純な動作しか必要としないので、直観的にユーザーの意思通りの移動を実現することができる。そして、空間を掴みながら両腕を拡げたり縮めたりいった、スマホ操作で言うところの「ピンチイン」、「ピンチアウト」を行うことで、空間を拡大させたり縮小させたりすることができる。これによって下の映像のようにVR空間上の離れた場所にも効率的に移動を行える。また操作はすべて両手のコントローラーのみで行うためプレイにあたっては広い現実空間は必要としない。
デメリット
この手法は移動のために必要な労力が少ない上にとても直観的ではある一方で、簡単に空間をぐるっと回転させたりできてしまうため、操作次第ではVR酔いを起こしてしまう。「Tilt Brush」ではこれに対処するため、空間を動かす際には常に同じ位置に表示される床をうっすら表示することでユーザーにとっての視点のよりどころを設けている。また空間を拡大縮小できてしまうことでコンテンツによっては空間設計のコンセプトに合わないという状況も起こり得るだろう。
まとめ
ここまでVRの移動について個別にそれぞれの手法を取り上げてきたが、実際にVRコンテンツを開発する際は移動を個別の問題として取り扱うことはできない。言わずもがな3次元空間であることがVRの大きな特徴である以上、移動は大なり小なりコンテンツの魅力に直結しており、最適な手法を採用することでコンテンツの魅力を押し上げることもあれば、無難な手法を意図なく組み込んだ結果コンテンツ自体を退屈なもの引き下げてしまう可能性がある。先にも取り上げた「Echo VR」は移動がコンテンツの魅力向上に貢献している良い例で、無重力での移動自体がそのゲーム性や独自性を高めている。
また、「そもそも移動は必要なのか」といった視点も重要である。いくつかの情報を閲覧するだけのためにユーザーにあちこち面倒な移動を強いるコンテンツも少なくない。そういった無駄な移動を思い切って無くしてしまうことで、コンテンツのコアな魅力にユーザーを集中させることができ、全体的な質の向上に繋げることができるのではないだろうか。